東京地方裁判所 昭和42年(ワ)12182号 判決 1969年10月23日
被告 日の出信用組合
理由
一 昭和四二年九月二一日出口昭子が芳賀実名義で被告滝野川支店に金六五〇万円の普通預金をしたこと及び原告が同年一〇月六日被告に右預金の払戻の請求をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠》を総合すると、右預金六五〇万円は、原告がその使用人出口昭子に命じて原告の金を預金させたものであることが認められ、他に右認定を覆す証拠はない。
二 そこで被告の抗弁について判断する。
(一) 債権の準占有者とは、一般の取引観念上真実の債権者と信じさせるような外観を有する者をいうのであり、銀行の普通預金債権については、預金通帳及び届出印の押捺された払戻請求書を所持する者を通常当該預金債権の準占有者と解されることは原告主張のとおりである。しかし、払戻請求者が債権の準占有者と解されるためには、預金通帳等を所持することを要件とするものではなく、要は払戻請求者に当該債権の準占有者としての外観を備えていたかどうかによつてこれを決すべきものと解する。
(二) 《証拠》を総合すると、(イ)原告が金六五〇万円の本件普通預金をしたのは、福山産業及びフジエンタープライズの経理担当者であつた芳賀常から、被告に対して芳賀常の信用をつけるため一〇日間位芳賀姓で預金をしてくれと頼まれたためであつて、原告は芳賀常から本件預金の謝礼として金三九万円(フジエンタープライズ株式会社振出の小切手)を受けた上、本件普通預金は後に芳賀常に譲渡する約定であつたこと、(ロ)原告はその使用人出口昭子に指示して、昭和四二年九月二一日原告の現金六一一万円と謝礼に受取つた右金三九万円の小切手をもつて、芳賀実名義で被告に普通預金をしたが、その際出口は芳賀ですがと被告職員に告げたばかりでなく、預金積金申込書には原告の指示に従い、住所欄にフジエンタープライズの所在地を、電話欄に同社の電話番号を、職業欄に会社役員と記載したこと、(ハ)本件普通預金がなされる前の昭和四二年九月一四日、原告と芳賀常間の右(イ)記載と同一の目的で、原告が被告に芳賀勝名義で金三五〇万円の普通預金をしたが、これは芳賀常の印章を使用して預金されたもので、同年九月一六日芳賀常自身が被告方に来店してこれを払戻したこと(原告は、右金三五〇万円の預金債権を芳賀常に譲渡したが、被告はその事情を知らなかつた。)、(ニ)右金三五〇万円の普通預金は、本件預金と同様出口昭子が預金手続をなし、その預金積金申込書の住所・電話・職業欄には本件普通預金申込書と同一の記載をなし、しかも現金三二一万円と、原告が右預金の謝礼として芳賀常から受取つたフジエンタープライズ振出の金二九万円の小切手をもつて預金したこと、(ホ)一方被告は、芳賀常と取引はなかつたが、芳賀常が倒産会社の整理のため昭和四一年初頃から被告に出入していて面識があり、右(ハ)の金三五〇万円の普通預金の申込がなされる数日前、芳賀常から、フジエンタープライズ及び福山産業の経理を担当することになつたが、近く金一、〇〇〇万円位の預金をするから融資の面倒をみてほしい旨の申込があつた上、本件普通預金及びその前の金三五〇万円の預金があつたときは、事前にその都度芳賀常から被告職員にその旨の連絡があり、特に本件普通預金のときは、預金に入れた小切手の支払いが確認されたときは直ちに定期預金に振替える手続をしてほしい旨の連絡を受けていたので、本件普通預金は芳賀常の家族名義又は仮名のものと信じていた被告の職員は、本件預金の際、出口から印を預つて印鑑照合用の押印をしたさい、ついでに普通預金払戻請求書に押印したこと、(ヘ)被告の職員は、同年九月二二日芳賀常から本件普通預金払戻と定期預金への振替の請求を受けた際、預金証書の提出を求めたところ忘れたというので後に提出させることとして、先に押印しておいた普通預金払戻請求書を利用して本件普通預金を払戻し、これを芳賀常の印鑑を使用して定期預金とし、これを担保として福山産業の手形割引をなし、後にこれが債権と右定期預金が相殺されたこと、(ト)当時原告は金融業を営み、被告とは本件普通預金及びその前になされた金三五〇万円の普通預金のほか取引はなく、しかも被告職員とは面識がなく、本件普通預金の払戻を請求した昭和四二年一〇月六日まで、原告に対し本件普通預金の預金者は原告である旨表示したことはなかつたこと等の事実が認められ、右認定を妨げる証拠はない。
(三) 右認定の(イ)ないし(ト)の事実を併せ考えると、芳賀常は本件普通預金債権の準占有者と認めるのが相当であり、しかも被告が芳賀常に本件普通預金を払戻した点に過失は認められない。従つて、本件普通預金は、芳賀常に対する払戻しによつて消滅したものというほかはない。
なお、原告は被告の芳賀常に対する本件普通預金払戻しの効果を争うけれども、本件は前認定のとおり、本件普通預金の債権者は芳賀常であるとの外観作出に原告自ら加担した事案であつて、被告が初めから本件普通預金の債権者が芳賀常と信じていたものであり、しかもそう信ずるについて相当の理由があつたものであるから、無通帳扱いや、原告の挙示する普通預金約定の手続をとらなかつたからといつて、被告に過失があつたということはできず、前認定の妨げとならない。
三 よつて原告の本訴請求は理由がないので失当として棄却